ただいまの約束

 

今日、私は実家を離れる。

 

玄関には、いつもと同じ朝の光。


でも、少しだけ違う空気が流れていた。

 


 

あの子が来たのは
10歳の誕生日だった。

 

共働きの両親が
「寂しくないように」って連れてきてくれた、小さな子犬。

 

ふわふわで、
少しだけ頼りなくて、
でも、まっすぐ私を見つめてくる子だった。

 

名前は、アル。

 

私が、決めた。

 


 

それからは、いつも一緒だった。

 

おやつの時間も、
散歩の時間も、
何気ない毎日も。

 

気づけば
アルはただの“ペット”じゃなくなっていた。

 

姉と弟みたいにふざけあって
時には、兄のようにそばにいてくれた。

 

怖い夢を見た夜
静かに寄り添ってくれたこともある。

 

ソファで並んで
そのままアルを枕にして眠った午後もあった。

 


 

楽しかった時間は
思い出そうとしなくても
自然と浮かんでくる。

 


 

「行ってきます」

 

そう言うと
両親がうなずいた。

 

その横で、アルがこちらを見ている。

 

何も言わないのに、
全部わかっているみたいな目だった。

 


 

少しだけしゃがんで
頭を撫でる。

 

あたたかくて
いつもと同じ感触なのに
なぜか胸が少しだけ痛くなる。

 


 

「次の連休には、必ず帰ってくるね」

 

小さくそう言うと
アルは静かにしっぽを振った。

 


 

玄関を出て、
少し歩いて、振り返る。

 

そこには
いつもと同じ家と
いつもと同じように見送るアルの姿。

 

でもその景色は
これから少しずつ変わっていくのかもしれない。

 


 

電車の中で
スマホを開く。

 

ホーム画面には
アルと一緒に撮った写真。

 

笑っている私と、
隣で同じように笑っているアル。

 


 

そっと、指でなぞる。

 


 

離れても
変わらないものがある。

 


 

「ただいま」

 

そう言える場所があることを
私は知っている。

 

ただいまの約束
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