もう、泣かないで

 

夕暮れの部屋に


泣き声だけが残っていた。

 

—— 泣かないで


—— 泣かないで

 

「あそこの病院じゃなく、もっと大きい病院に連れて行っていればっ!」

 

「あの子は重い病気だったんだ。君は精一杯看病したよ」

 

「でもあの子はっ……もういない!
それまでに何かもっとできたはずよ!」

 

「あなたは何とも思わないのね!」

 

—— お願い、けんかしないで


—— もう、泣かないで

 

「悲しいし、寂しい気持ちは君と一緒だ……」

 

男性の声は震えていた。

 

女性は顔を覆ったまま
小さく嗚咽を漏らす。

 

部屋の隅には
もう使われなくなったベッド。

 

窓辺には
飲まなくなった薬。

 

静かな部屋に
時計の音だけが響いていた。

 

—— 覚えてる?

 

—— いっしょにお散歩したこと

 

—— 眠る前、撫でてくれたこと

 

—— 名前を呼んでくれたこと

 

—— ぼくは、しあわせだったよ

 

その時。

 

棚の上に置かれていたおもちゃが、
ころん、と床に落ちた。

 

二人が同時に顔を上げる。

 

「あ……」

 

女性が涙を拭きながら、
小さく笑った。

 

「これ、好きだったよね」

 

「噛んで振り回して……何回も隠してた」

 

男性も少しだけ笑う。

 

「ソファの下に持っていって
取れなくなってないてたな」

 

—— そうそう!

 

—— それそれ!

 

涙の残る顔のまま
二人は少しずつ話し始める。

 

悲しかったことではなく

一緒に笑った日のことを。

 

—— ありがとう

 

—— 忘れないでいてくれて

 

—— でも、笑っていてね

 

窓から入る風が
そっとカーテンを揺らした。

 

まるで、

「もう大丈夫」

そう言っているみたいに。

 

もう、泣かないで
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