テレビの音

 

妻がいなくなってから、


家にいるときは
たいていテレビをつけていた。


朝も。


夕方も。


夜も。


見たい番組が
あるわけじゃない。


ニュースが終われば
次の番組が始まり、


知らない人たちの声が
部屋に流れている。


それでよかった。


以前は、


こんなに家が静かだなんて
思ったことはなかった。


台所から聞こえる音。


廊下を歩く足音。


ときどき、


隣の部屋から聞こえてくる
妻の声。


そんなものが
いつもどこかにあったから。


一人になってから、


テレビを消すのが
苦手になった。


音がなくなると、


家の中に
自分しかいないことを


改めて知らされるような
気がした。


君がうちに来たのは、


そんな暮らしを
しばらく続けた頃だった。


最初のうちは、


君がいても
テレビはついていた。


私がソファに座っていると、


少し離れたところから
こちらを見ている。


名前を呼んでも
来たり、来なかったり。


そのくせ、


私が台所へ行くと
いつの間にか後ろにいる。


「なんだ、ついてきたのか。」


そう言っても、


君は知らん顔をしている。


猫というのは
よく分からない。


それでも、


気がつけば私は
君によく話しかけるようになっていた。


ある夜。


テレビはついていたけれど、


何を見ていたのか
覚えていない。


ふと、


リモコンに手を伸ばした。


テレビを消す。


部屋が
静かになる。


いつもなら、


この静けさが
嫌だった。


けれど、


その日は違った。


台所のほうから、


ぺちゃ、ぺちゃ、と
小さな音がする。


君が
水を飲んでいる。


しばらくすると、


とことこと
床を歩く音。


私の前を横切って、


ソファの端に
ひょいと飛び乗る。


「そこにするのか。」


君は答えず、


くるりと丸くなった。


私も本を開く。


ページをめくる音。


ときどき聞こえる
君の寝息。


寝返りを打つたび、


ソファが
ほんの少し揺れる。


それだけ。


それだけなのに、


家の中に
誰かがいる。


そんな当たり前のことが、


なんだか
懐かしかった。


そういえば最近、


テレビをつけていない時間が
増えた。


君が水を飲む音も、


小さな足音も、


眠っている気配も。


いつの間にか、


この家の音に
なっていた。


本を一ページめくる。


隣を見ると、


君はもう
すっかり眠っている。


テレビは、


つけなかった。


小さな寝息が


すぐそばで
聞こえていた。

 

テレビの音
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