朝はいつも、
時間との勝負だった。
顔を洗って、
髪を整えて、
急いでメイクを始める。
すると決まって、
君が洗面台に
ひょいっと飛び乗ってくる。
「ちょっと、邪魔だよ。」
そう言っても、
鏡の前から
動こうとしない。
私がファンデーションを塗れば、
じっと見つめ、
髪をとかせば、
揺れるブラシに
前足を伸ばす。
「もう、遅刻しちゃうって。」
そんな私を気にする様子もなく、
君は鏡越しに、
こちらを見ていた。
まるで、
「今日も行くの?」
とでも言うように。
あの頃の私は、
毎朝それを
当たり前だと思っていた。
急いでいるのに。
邪魔なのに。
そう思っていたはずなのに。
君がいなくなってから、
洗面台は、
驚くほど広くなった。
誰にも邪魔されず、
支度は前より
ずっと早く終わる。
それなのに、
鏡を見るたび、
少しだけ
物足りない。
今なら、
もう少しだけ
待ってあげればよかったと思う。
ブラシに伸びてくる前足も、
鏡越しに見ていた顔も、
全部――
忙しい朝の中にあった
君との大切な時間だったんだね。
明日も私は、
同じ鏡の前で
朝の支度をする。
きっとまた、
君がいつも座っていた場所を
ちらりと見てしまう。
そして、
少し笑ってから、
「行ってきます。」
そう言って、
家を出るんだと思う。