犬がいなくなってから
朝の時間が少しだけ長くなった気がする。
キッチンに立つと
いつもの場所に、あの子のごはん皿が置いてある。
何も入っていない、空っぽの皿。
それでも毎朝
つい目がいってしまう。
「この時間に、待ってたのよね」
そうつぶやいてみても
もちろん返事はない。
分かっている。
もう、この皿は必要ないことくらい。
でも
洗って片付けることができなかった。
そこに置いておけば
まだ続いているような気がしてしまうから。
ある日、娘がふらりと訪ねてきた。
キッチンに立ったままの私を見て
すぐに気づいたみたいだった。
「まだ置いてあるんだ」
少しだけ困ったように笑って
私は答える。
「この子ね、
いつもこの時間にごはんを待ってたのよ」
娘は何も言わなかった。
ただ
静かに皿を手に取って
水で洗い始めた。
流れる水の音を聞きながら
私は何も言えなかった。
止めることも
手伝うこともできずに
ただ見ていた。
帰り際、娘は
きれいになった皿を私に手渡した。
何も言わずに。
そのまま
私はその皿を棚にしまった。
ゆっくりと。
少しだけ
手が震えていた。
その夜、夢を見た。
あの子が
いつもの散歩道を
元気に走っている夢だった。
風を追いかけるように
軽やかに。
何度も振り返って
私を待っている。
あの頃と同じ顔で。
目が覚めたあと
しばらく天井を見つめていた。
そして
ふっと思う。
「もう、お腹いっぱいなんだね」
空になったごはん皿は
もう必要ないのかもしれない。
でも
あの子と過ごした時間は。
ちゃんと
ここに残っている。