遠回り

 

僕は昔から
遠回りが好きじゃない。

 

駅へ行くときも
買い物へ行くときも、

 

できるだけ
短い道を選ぶ。

 

君との散歩も
いつの間にかそうなっていた。

 

家を出て
いつもの角を曲がり、

 

公園を一周して
帰ってくる。

 

時間も、

 

歩く距離も、

 

だいたい同じ。

 

僕にとっては
それで十分だった。

 

でも君は、

 

そうでもないらしい。

 

道端の草に
鼻を近づけて、

 

いつまでも
匂いを嗅いでいたり。

 

曲がるはずのない角で
立ち止まって、

 

じっと
向こうを見ていたり。

 

「今日はそっちじゃないよ。」

 

リードを軽く引くと、

 

君は一度だけ
僕の顔を見て、

 

仕方なさそうに
ついてくる。

 

そんなことを
何度も繰り返していた。

 

ある休日。

 

いつもの角まで来ると、

 

また君が
立ち止まった。

 

いつもの道ではなく
細い路地のほうを見ている。

 

「またそっち?」

 

時計を見る。

 

今日は
急ぐ用事もない。

 

少し迷ってから、

 

僕はリードを持つ手の力を
緩めた。

 

「……今日は君に任せるか。」

 

すると君は、

 

待ってましたとばかりに
歩き出した。

 

知らない道だった。

 

いや、

 

知らないというのは
少し違う。

 

何年も暮らしている町の
すぐ近くにある道なのに、

 

僕が歩いたことのない
道だった。

 

小さな家の庭先には
色とりどりの花が咲いている。

 

古い塀の隙間から
猫がこちらを見ている。

 

小さな公園では、

 

子どもたちが
ボールを追いかけていた。

 

君は、

 

気になるものを見つけるたび
立ち止まる。

 

僕も今日は
急かさなかった。

 

君が歩けば歩き、

 

止まれば
僕も止まる。

 

そうしているうちに、

 

住宅の間から
ふっと空が開けた。

 

その向こうに
遠くの山が見えた。

 

「へえ……。」

 

思わず
足を止める。

 

「こんなところ、
あったんだな。」

 

毎日暮らしている町なのに。

 

何年も
同じ道を歩いてきたのに。

 

僕は、

 

こんな景色があることを
知らなかった。

 

君はそんなことには
興味がないらしく、

 

僕の足元で
また何かの匂いを嗅いでいる。

 

その姿がおかしくて、

 

少し笑った。

 

家に着く頃には、

 

いつもの散歩より
ずいぶん時間が経っていた。

 

ずいぶん
遠回りもした。

 

それなのに、

 

不思議と
損をした気はしなかった。

 

むしろ、

 

いつもの散歩より
少し得をしたような気がした。

 

次の日。

 

いつもの角まで来る。

 

僕はいつもの道へ行かず、

 

立ち止まった。

 

そして、

 

隣にいる君を見る。

 

「今日は、どっち行く?」

 

君は少し考えるように
辺りを見回してから、

 

昨日とは
また違う道へ歩き出した。

 

僕もその後を
ゆっくりついていく。

 

きっと、

 

君と暮らしていなかったら、

 

僕はこれからも
一番近い道ばかり
歩いていたんだろう。

 

でも今は、

 

少しくらい
遠回りしてもいいと思う。

 

君が立ち止まるから
見つけられるものがある。

 

君が違う道を選ぶから
出会える景色がある。

 

だから今日も、

 

行き先は
君に任せよう。

 

君と歩く道なら、

 

遠回りも
悪くない。

 

遠回り
一覧に戻る