妻を見送ってから、
もう三年が過ぎた。
それでも食卓には、
いつも向かい側の空いた席がある。
朝も、
昼も、
夜も。
誰も座らないままの席だった。
ただ一匹だけ、
毎日決まってその隣に座る相手がいた。
白い毛が増えた老犬だった。
「待て」と言わなくても待ち、
「おいで」と言わなくてもそばにいる。
妻がいた頃から変わらない。
ある夜、
味噌汁をすすりながら、
男性はぽつりとつぶやいた。
「今日はな、庭の紫陽花が咲いたんだ」
老犬は耳を少し動かした。
「隣の田中さんがな、また野菜を持ってきてくれてな」
返事はない。
それでも男性は続けた。
「お前の散歩も、昔みたいに長くは歩けなくなったな」
老犬は静かにしっぽを一度だけ振った。
気づけば毎日だった。
天気のこと。
近所のこと。
病院のこと。
昔の思い出。
誰かに話したかったことを
全部その子に話していた。
向かい側の席は、
今も空いたまま。
その席が埋まることはない。
妻の代わりなんて、
どこにもいない。
けれど――
食卓に座るたび、
隣にはいつも温かな気配があった。
男性は老犬の頭をそっと撫でる。
「ありがとうな」
老犬は安心したように目を細めた。
空いた席は埋まらない。
それでも、
ひとりではなくなっていた。