ボクの最後のお昼寝

 

ボクは、いま横になっている。


足はあまり言うことをきかないし
立とうとしても、ふらっとしてしまう。

 

目もね、ほとんど見えないんだ。


光がぼんやりして
お母さんの形が少し分かるくらい。

 

耳も、あまり聞こえない。

 

でもね、
お母さんの手は分かるんだ。

 

ゆっくり、ゆっくり、

ボクの頭を撫でてくれる。

 

その手に触れると
胸の奥がふわっとあたたかくなって
「あぁ、ここは安心な場所だ」って思う。

 


 

ご飯もね、
お母さんが口のところまで持ってきてくれる。

 

お水も、
「ほら、飲んでごらん」って。

 

ボクはゆっくり舐める。

 

昔みたいに
ガツガツ食べることはできないけど、
それでも、お母さんが嬉しそうにしてくれるから、
少しずつ食べる。

 


 

ボクはね、
ずいぶん長く生きたみたいなんだ。

 

犬には時間ってよく分からないけど
たくさんの季節を過ごしたことは
なんとなく分かる。

 

昔はね、
とても元気だったんだよ。

 


 

お父さんが散歩に連れていってくれた。

 

ボクはぐいぐい前に進んで
お父さんを引っぱってしまうこともあった。

 

風の匂いをかいで、
草の上を走って、
それだけで胸がいっぱいだった。

 


 

お兄ちゃんとお姉ちゃんもいた。

 

小さいころはね、
毎日ボクと遊んでくれたんだ。

 

ボールを投げてくれたり
追いかけっこをしたり
ときどきぎゅっと抱きしめられたり。

 

ボクはそれが大好きだった。

 


 

でも、いつの間にか
二人はいなくなった。

 

寂しいというより、
「そういうものなのかな」って
犬なりに思った。

 

それでも、
お母さんとお父さんがいたから、
ボクはずっと安心だった。

 


 

いまはね、
ほとんど眠っている。

 

目を閉じると、
すぐに、とろとろ眠くなる。

 

今日も、お母さんが
静かに撫でてくれている。

 

ボクはその手を感じながら、
少しだけ昔を思い出していた。

 


 

お父さんとの散歩。


お兄ちゃんとお姉ちゃんとの遊び。


お母さんの優しい声。

 

どれも、
あたたかい思い出ばかりだ。

 


 

あぁ、また眠くなってきた。

 

お母さんの手が
やさしく頭を撫でている。

 

その手があると
ボクは何も怖くない。

 


 

光が、
少しずつ暗くなっていく。

 

でもね、
怖くないんだ。

 

お母さんの手が、
ちゃんとここにあるから。

 


 

……気がつくと

ボクは草の上に立っていた。

 

目がはっきり見える。


風の匂いもする。

 

足も、ちゃんと動く。

 

ボクは思わず走り出した。

 

速い、速い。


こんなに速く走れるなんて。

 

草原は広くて、
空はとても明るかった。

 


 

ボクはふと立ち止まって、
後ろを振り向いた。

 

お母さん、ありがとう。

 

お父さんも、
お兄ちゃんも、
お姉ちゃんも。

 

ボク、とても幸せだったよ。

 


 

それからボクは、
また草原を走り出した。

 

胸いっぱいの嬉しい気持ちで。

 

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1件のコメント

うちの子の最期にそっくりで、涙が止まりませんでした。あの子も幸せに走り回っているのなら嬉しいなと思います。

muna

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